講師プロフィール

夫婦関係修復カウンセラーKazuプロフィール

夫婦関係修復カウンセラーKazu

 

現在、50代4児のパパ「夫婦関係修復カウンセラー」として講師を務める

 

 

少年時代

・天体望遠鏡を通して、宇宙を見ることが大好きな少年

 

・中学時代は、この時代流行した「BCL」にハマる

 

・高校時代は、「アマチュア無線」に明け暮れる

 

 

青年時代

・大学中退で、ヤンキーとして遊びに熱中する

 

・交通事故により、九死に一生を得る

 

・カウンセラーとして、1000人以上の悩み相談をする

 

結婚生活

・30歳で家庭出発、結婚生活が始まる

 

・夫婦関係に悩み、離婚の危機から脱出する

 

・35歳で長女、39歳で三つ子のパパとなる

 

 

1988年より、自らの体験を元にカウンセラー活動を行ってきました。現在、「夫婦関係修復講座」を開講し情報発信を行っています。

山あり谷ありの結婚生活

頭と心は、一つではない!

30歳で家庭を持ち、結婚前からカウンセラーをしていたので夫婦関係は上手くいくものと自負していたのですが、実際に生活をしてみるとそんなに甘いものではありませんでした。

 

自分が生まれ育った環境は、親子三世代の厳格な家庭に育ったため、祖父母は絶対、父は亭主関白というのがあって、「家事」は女のするものという感覚が染みついていたのでした。

 

カウンセラーの時は男性も育児や家事に積極的に参加しましょうと言っておきながら、心の中は違っていたのでした。ですから、妻に対しては要求する思いがフツフツと出てくるのです。(反省)

 

このように、頭と心は別もので、これを一つにしていくことに苦労したのです。

 

もう、離婚しようと何度も思うくらい衝突した日々を過ごしてきたのでした。

 

不妊に悩む5年間

結婚したら、すぐに子供はできるものと考えていました。ところが、半年経ち、1年経ち、2年経っても子供ができないのです。なぜ?と思いながらも、子供は天からの授かりものとして忍耐しながら待っていたのです。

 

3年目から、近くの産婦人科にて不妊治療をすることにしました。当然、男性側も問題ないか検査をしましたが、特に問題はありませんでした。ただ妻は冷え性があってそれが原因ではないかということでした。

 

1年半通院しながら妊活を行いましたが、良い結果が得られませんでした。今月はと思い沈黙し合う日々とても苦しいものがあるのです。そのような中で不妊治療を行う夫婦には、きつい言葉があるのです。

 

その言葉は何かというと・・・?

 

「お子さんは、何人いるのですか?」

 

このひとことは、子供が欲しくてもいない家庭には、心を針で刺されたようなひとことになるのです!

 

もちろん、聞いた人には悪気はなく、ただ挨拶で言ったひとことですが、私たち夫婦には残酷な言葉になるのでした。この時、悟ったことは

 

子供のいない家庭には、「お子さんは・・・?」禁句だと言うことです。

 

妻とも話し合い、自分たち夫婦はもう養子をもらおうか言うくらい、子供に対して思い入れがあったのです。

 

でも、これではダメだと思い、県内でもトップの名医がいるという産婦人科に行くことにしました。そこは県内から不妊に悩む人が来るので予約を取るのがとても大変です。

 

先生は、温厚でとても優しい先生で朝から晩まで診療に当たるのです。ハードな毎日ですが、患者も予約した時間に行っても数時間待ちは当たり前、帰るのは夜遅くになることもあるのです。

 

その甲斐あって、通院して半年はかかりましたが待望の赤ちゃんを授かることが出来たのでした!出産にも立ち会い、「ハイ、赤ちゃんですよ!」と長女を渡されたとき緊張して実感は湧かなかったのです。

 

 

奇跡の授かりもの

結婚生活も失敗しながら、学ぶことも多く順調にきたなと思える段階まできたのですが、一つ心配なことは、子供が一人でいいのか?ということです。やはり、子供には寂しい思いをさせたくないし、兄弟がいる家庭が良いという思いもあって、妻と相談して、もう一人を産もうということになりました。

 

しかし、以前も出来にくい体質であったので、不妊治療は困難を極めました。3年目に大きな試練がきて、妻が子宮外妊娠になり、右の卵管を縛るという手術でした。この時は妻も相当落ち込み、私も何と言葉をかけてよいのか困ったことがありました。

 

もう自分たち夫婦には、子供はできないと本当に思いましたが、娘のためにも、どうしても兄弟がいる生活を体験させたいと、違う産婦人科で不妊治療をさらに続けたのです。

 

そうして1年を経過した頃、「今度は、強い排卵誘発剤を使いますよ」 ということで、やっと妊娠に至ることができたのでした。妻も私も大喜びで幸せを感じたのでした。

 

3か月経過して、定期検診を受けて妻が帰宅したのですが、いつもと様子が違うのです?

 

どうしたのか?と尋ねると、突然泣き出し、ただならない様子でありました。

 

そうして、妻が言うには双子かと思ったけれど、もう一人隠れていましたということで、何と!三つ子であることが判明したのでした!

 

その時、医者から言われたことが・・・

 

「0にしますか? 3にしますか?」です。

 

欧米では、三つ子の場合、一人にしたり、二人にしたりできるのですが、日本では0か3しかできないというのです。またさらに、3人を産んだ場合、75%の割合で正常に産まれてくるけれど、25%の割合で障害者が産まれてくると言われたのです。

 

私たち夫婦の一大決心をしなくてはいけなくなったのです!

 

妻も命がけの選択であり、私も妻にもしもの事があったら一人で子育てができるのか?また、子供が障害者となり、それでも育てることができるのか?様々な思いと未来を想定しなくはなりません。

 

そして、出した結論!

 

「妻は命がけで全員を産む!25%の確立で障害者となったとしても立派に育ててみせる!」でした。

 

この結論を医者に伝え、ここでは出産ができないので、「NICU」のある病院へと転院することになったのでした。出産半年前から、管理入院することになり厳重な監視をして頂きました。

 

そうして、迎えた出産当日、子宮の容積はだいだい4.5kgまで子供を宿すことができるそうで、それを3で割ると1.5kgになるので、全員、未熟児は確実でありました。

 

帝王切開で出産、1分間隔で、3人の赤ちゃんが産まれ、それぞれの体重が、1800g 、1500g、 990g の赤ちゃんを無事出産することができたのでした。驚いたことに990gの赤ちゃんが一番元気だったのです。

 

この日、三つ子の赤ちゃんがある病院で生まれましたと、FMラジオでも放送されたのです。

 

どこから、そんな情報が・・・?

 

と思いましたが、喜びと未来の不安があるのでした。

 

このように、奇跡の授かりものをした瞬間でした。

講師あいさつ

夫婦関係修復カウンセラーKazu

 

皆さん、こんにちは!

 

「夫婦関係修復カウンセラーKazu」です。つたない私のプロフィールに目を通して頂きありがとうございます!

 

まだまだ人生経験は未熟であり、いまなお勉強中であります。良い情報は共有し、失敗は教訓としながら、皆さんと共に学んでいきたいと思います。

 

ご意見、ご感想がありましたら、お問い合わせフォームからでもご連絡下さい!よろしくお願いします!

 

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